【イベントレポート/ 町工BAR vol.18】蒲田図書館長に聴く”蒲田モダン”時代のトイフィルム!

お酒を飲みながら学ぶ、蒲田のフィルムヒストリー!

『流行は蒲田から。松竹キネマの時代とトイフィルム。』

町工BARとは?
実際に町工場で働く方や様々なジャンルのゲストをお招きして参加者と距離の近い形でお話を聞きます。
雰囲気のある夜のくりらぼで参加者同士の交流も育みながら学びの機会を楽しみませんか?

くりらぼ多摩川
主催

 

今回参加したイベントポスター

元工場をそのまま利用した会場は、とても雰囲気がありました。

蒲田が、”近代映画発祥の地”って知っていましたか?

今回の町工BARは、蒲田図書館館長三橋昭さんによるお話!

地域活動に携わる人たちが20名強参加しており、和やかな雰囲気のもとスタートしました(*^-^*)

大正から昭和にかけて、蒲田は誰もが憧れる流行の先端をいく町でした。
「蒲田モダン」という言葉が流布された時代でもあり、日本近代映画の黎明期を支えた地でもあります。

シネマトグラフの誕生

世界で初めてシネマトグラフが公開されたのは、1895年でした。

その翌年に、エジソンが発明したキネトスコープが日本で公開されました。

エジソンが発明したキネトスコープ

当時は、映像の中の人物が動くだけでも感動だったそうで、
工場の出口をただひたすら撮影したものは、大きな反響を呼んだと言います。

さらに、列車の到着を映したものは、列車が近づくにつれ観客がのけぞったそうです(^-^)(笑)

松竹キネマ蒲田撮影所設立!

1918年に、「映画」という呼称が初めて使われはじめ、
1920年、松竹キネマ合名社が創立されます。

それと同時に、『松竹キネマ蒲田撮影所』(通称”松竹蒲田”)が設立されたのです。

この頃から、玩具映画が普及され「表現としての映画」が樹立します。

松竹蒲田は、日本の映画の幕開けをリードした撮影所になり、
城戸四郎が所長になってからは、国民的スターを呼んだり、本格的トーキー映画を生み出したり、ヒットを生み続ける撮影所となったのでした。

しかし、1923年に関東大震災があり関東の撮影所は壊滅。
その多くが京都に拠点を移し、事業を再開したそうです。

お話の後は、昭和初期の貴重な35mmフィルムを鑑賞!

「世界漫遊記」-主人公が世界中を飛び回ります!

非常に貴重な35mmフィルムを、鑑賞しました!

鑑賞した3本とも、想像以上に動きがスムーズで細部まで凝ったものとなっていました。

無声映画を初めて観賞しましたが、音がないからこそ集中して描写そのものを楽しめたと思います(^o^)

ストーリーも今とは異なる発想が盛りだくさんで面白かったです!

主人公のしょうちゃんがかわいい!

町工BARは定期的にスピーカーを毎回変えながら、開催するそうなので
ご興味ありましたらお気軽にご参加してみてはいかがでしょうか?(@^^)/~~~

イベントの最後は交流会でした!

くりらぼ多摩川について

「くりらぼ多摩川」は魅力ある「モノづくりのまちづくり」 を行うための地域交流拠点として2013年12月に開設しました。

大田区矢口の工場長屋内にある、旧工場・旧事務所の部分を改修して、
モノづくりワークショップや体験イベント、ツアーの窓口など、モノづくりのまちづくりを 行う “集い” の拠点として活用します。

(ホームページより抜粋)

ホームページ:http://www.o-2.jp/mono/lab/
場所:東京都大田区矢口1-21-6 (丸子幼稚園裏)