翔ちゃんとピヨピヨ

サー、サー、サー…
「勢いよく滑らかに、そしてどことなく気品漂う大音量が聞こえてくると、それは新幹線」

ゴー、ゴー、ゴー…
「どっしりと重たく、たくましい大音量が聞こえてくると、それは横須賀線の電車」

翔ちゃんは、今日も東原くすのき公園の新幹線と横須賀線の電車が見える、片隅のベンチに座り、相棒である、ニワトリのピヨピヨに、熱く語っています。

「ほらね、ピヨピヨ、分る?新幹線と普通の電車じゃあ、音が違うんだよ。スピードだって全然違うんだよ」

公園の中央にある、滑り台と砂場では、翔ちゃんと同じ位の歳の子供達が、楽しそうに遊んでいます。

だけど翔ちゃんは、いつも、みんなとは少し離れたこのベンチで、ピヨピヨと二人だけで、新幹線を眺めて過ごすのです。

「ほら、またあいつ、ニワトリと一緒だぜ」
「ニワトリしか、友達がいないんだよ」
「変な奴!」

公園で遊ぶ子供達は、翔ちゃんとピヨピヨには、声も掛けません。

 

翔ちゃんのお父さんとお母さんは、御嶽山の駅前で、とても美味しいお食事と、美味しいお酒を出す、評判のお店をやっていました。毎日毎日、昼間はランチでお客さんがいっぱい。夜は遅くまで、お酒好きな大人達でいっぱい。

だから、翔ちゃんは、昼も夜もずっと独りぼっち……。

そんなある日、翔ちゃんが独りでテレビを見ていると、スーパーで買ったうずらの卵を孵化させたというニュースが流れてきました。

翔ちゃんは、ピンときたのです!これだ!と…

翔ちゃんは、ずっと独りぼっちで淋しかったのですが、お父さんもお母さんも、毎日忙しくて大変だという事も、ちゃんと分かっていました。だから、淋しいなんて一言も言わず、我慢をして良い子でいたのです。

それに、公園にいる子供達に「一緒に遊ぼう」なんて自分からはとうてい言えない、とてもシャイな男の子でした。だから、友達もいない…

そんな翔ちゃんが、〝スーパーで買ったうずらの卵孵化〟のニュースに、多大なる期待を持ったのも、よく分ります。

「僕にも友達が出来るぞ!」

そして早速、スーパーで買った卵を温め始めました。大切に、大切に、温めました。
「孵化しますように、孵化しますように…」
そう祈りながら、心を込めて温めました。

その祈りが通じ、ニワトリのピヨピヨが誕生したというわけです。そうです!。翔ちゃんが温めたのは、うずらの卵ではなく、ニワトリの卵だったのです。

そのピヨピヨのお陰で、翔ちゃんは毎日淋しくなくなりました。ご飯の時も、寝る時も、お風呂の時も、いつでもどこでも一緒。本当の兄弟みたいに、とても仲良しです。

今まで、公園で独りで見ていた新幹線も、それからは、ピヨピヨと二人で楽しく見る事が出来ました。だから翔ちゃんは大満足!

そんなある日、公園で遊ぶ子供達の中で、一番体が大きくて、一番元気がいい卓君が、翔ちゃんとピヨピヨをからかい出したのです。

「今日は、そのニワトリを焼き鳥にして食っちゃおうか~ハハハ」

翔ちゃんは、知らん振りをして、ピヨピヨとずっと新幹線を見続けました。しかし、更に滑り台の上から、卓君は大声で叫びました。

「ニワトリしか友達がいないなんて、変な奴」

これがまるで合図のように、周りにいた子供達も、一斉に大声で叫びました。

「変な奴!変な奴!」

そして卓君は、更にこう続けました。

「あいつは人間じゃない!ニワトリなんだ!近付いたらニワトリ菌が移るぞ!ニワトリ菌、出てけ~!」

すると、周りの子供達もこう続けました
「出てけ~、ニワトリ菌!」

翔ちゃんは、たまらなくなり、立ち上がり、公園から出て行こうとしたその時、卓君が、翔ちゃんとピヨピヨ目掛けて砂場の砂を投げたのです。

さすがにおとなしい翔ちゃんも、我慢が出来なくなり、物凄い勢いで卓君に飛び掛りました。これには卓君も、周りの子供達も、ビックリです。

しかし、翔ちゃんよりも体が大きく、元気のいい卓君は、負けてはいません。
「ニワトリ菌」と叫びながら、翔ちゃんに馬乗りになって、押さえつけました。体も小さく、力も無い翔ちゃんなんて、卓君にしてみたら、アリを指で潰すように、簡単な事でした。

「いいか、ニワトリ菌、俺の方が強いんだぞ!これからは、俺に許可を取らないと、この公園には入れないからなっ!分ったかっ!!」

卓君は、翔ちゃんにそう言葉を吐き捨て、みんなを引き連れ帰って行きました。

薄い青空が、オレンジ色のグラデーションを演出し始めました。そして小さな翔ちゃんとピヨピヨを、淋しいオレンジ色で包み込んでいきます。そんな淋しいオレンジ色に染まった羽で、ピヨピヨが翔ちゃんの砂を払おうとしたその時、翔ちゃんは、ピヨピヨを突き飛ばしました。

「ピヨピヨのせいだぞ!ピヨピヨのせいで、僕はこんな目に遭わされたんだぞ!もうピヨピヨとは遊ばないからなっ!お前なんかどっかへいっちまえっ!」

そう言って翔ちゃんは、独りで走って行ってしまいました。

ピヨピヨはどうしていいか分らず、しばらく公園にたたずんでいました。

しかし、翔ちゃんの事がとても気になります。ピヨピヨは、気を取り直し、急いで翔ちゃんの家へと向かいました。

玄関には鍵が掛かっています。しかし、明かりは付いていました。という事は、翔ちゃんはちゃんとお家に帰っているという事です。それを確認したピヨピヨは、ホッとして、その場を離れました。

ピヨピヨは、翔ちゃんが大好きなのです。だから、翔ちゃんが自分のせいでからかわれたのなら、自分はもういない方がいいと思いました。

かと言って、ピヨピヨには、他に行くあてもありません。途方に暮れて、ただただ、歩き続けました。

一方の翔ちゃんは、お母さんが作っておいてくれた夕飯を、独りでがむしゃらに食べました。

「ピヨピヨのせいだ!全部ピヨピヨが悪いんだ!」

そう呟きながら、がむしゃらに食べました。

翔ちゃんも、本当は分っているのです。ピヨピヨのせいではない事くらい…でも、ピヨピヨのせいにしないと、自分が壊れてしまいそうで辛かったのです。からかわれた自分が情けなくて…でもそれを認めるのが悔しくて…怖くて……だから、必死に、ピヨピヨのせいにしました。湧き上がる罪悪感を、拭い去るように、更にピヨピヨを悪者に仕立て上げていきました。

次第に翔ちゃんの目から、大粒の涙がポロポロと落ち始めました。ピヨピヨのせいにすればするほど、涙が溢れ出てきます。それでも翔ちゃんは、ピヨピヨのせいにして、泣き続けました。

真っ黒になった空が、よどんだ雲に覆われ、空が漆黒の闇と化していきます。そして、あっという間に、大粒の雨を次々に落とし始めました。

ずぶぬれになって、フラフラと歩いていたピヨピヨは、交通量の多い環八通りと繋がる道を歩いていました。そして、気付けばもう目の前に、環八が…

翔ちゃんと、ピヨピヨは、お父さんとお母さんに、日頃言われていたのです。
「環八は、交通量が多いから、気を付けないとダメだよ。駅に行く時は、必ず歩道橋を渡りなさい」

ピヨピヨはそれを思い出し、引き返そうと環八通りに背を向けて、また歩き出しました。と、その時……ドーン!

物凄い音と共に、ピヨピヨの体が宙を舞いました。

環八から、左折してきた車が、ピヨピヨの体に直撃したのです。

雨で視界が悪かったのでしょう。運転手は、ピヨピヨをはねた事にも気付かず、そのまま行ってしまいました。

道路の脇に倒れたピヨピヨは、そのまま動く事も出来ず、ただただ、雨に打たれていました。ピヨピヨの体からは、真っ赤な血が、雨粒と一緒に流れて、辺りに真っ赤な水溜りを描いていきます。

意識が遠のく中で、ピヨピヨは夢を見ていました。翔ちゃんと一緒に、新幹線を見ていたいつもの、東原くすのき公園で、翔ちゃんと、ピヨピヨと、卓君も、他の子供達もみんな一緒に仲良く、笑顔で新幹線を見ている夢を…ピヨピヨは、とっても嬉しくて、嬉しくて…あまりの嬉しさに、空を飛んでいました。

大空を舞ったピヨピヨは、とても清々しい気持ちで、翔ちゃんが卓君達と、楽しそうにしている姿を眺めています。ピヨピヨは益々嬉しくて、嬉しくて…もっともっと高くまで、飛んで行きました。

 

柔らかい光が、淀んだ空を静かに照らし始めました。真っ赤に染まった空にはもう昨日の雨雲は見当たりません。

「おはよう、ピヨピヨ」
翔ちゃんは、いつものように、声を掛けてハッと気付きました。昨日、ピヨピヨと喧嘩した事に…
「ピヨピヨ…昨日はどこで寝たのだろう?あんな雨の中…」

昨日、翔ちゃんが寝た後に帰ってきたお父さんとお母さんは、てっきりいつもの通り、翔ちゃんとピヨピヨは一緒に眠っていると思っていたのです。だから、誰も、探しには行っていません。

 

その頃ピヨピヨは…

体から魂が抜けて、道の脇に横たわる自分の亡骸を眺めていました。
「もう翔ちゃんと遊べない…翔ちゃんは大丈夫かな…翔ちゃん、ちゃんとお友達出来るかな…」
ピヨピヨは、やっぱり翔ちゃんが大好きなのです。だから心配で心配で、仕方ありません。

車も人も、ピヨピヨの亡骸には見向きもせず、通り過ぎていきます。そこへ昨日喧嘩をした卓君が、お父さんとお母さんと一緒に、楽しそうに歩いてきました。これからデパートでショッピングをして、その後みんなでランチをするために、御嶽山の駅へと向かう途中です。

「ねぇ、パパ、あれ、ニワトリの死骸よね」
真っ先に、ピヨピヨに気付いたのは、卓君のお母さんでした。
「本当だ。ニワトリだね。何処かで飼われていたのかな?ニワトリを飼う家なんて、珍しいね。それにしても、可哀想に…車にはねられたんだろう…」
お父さんも、哀れな視線を捧げました。
「パパ、僕、このニワトリ知ってる」
「そうなんだ、卓の友達の家で飼ってるニワトリかい?」
「う…うん…」卓君はうつむきました。

卓君は、昨日の事を思い出していたのです。翔ちゃんとピヨピヨをからかった事を…そのピヨピヨが死んでしまうなんて……卓君の瞳から、涙が溢れ出しました。
「ごめんよ…」

卓君は、ピヨピヨの元へ駆け寄り、泣きながら、謝りました。
「ごめんよ。昨日焼き鳥にして食べるなんて言って…冗談だったんだよ。本当に食べるつもりなんてなかったんだ。まさか死んじゃうなんて…本当にごめんよ」

それを見ていたピヨピヨの魂は、卓君に寄り添い、こう言いました。
「大丈夫だよ。僕は何とも思ってないよ。それより、僕が居なくなった後、翔ちゃんと仲良くしてあげてね。お願いだよ」

しかし、卓君には届きません。

「卓、昨日何があったんだい?」
卓君は、お父さんとお母さんに説明しました。

「じゃあ、このニワトリさんを連れて、その子のお家に謝りに行こうか」
お父さんが言いました。

 

一方、翔ちゃんのお家でも、昨日の出来事を、お父さんとお母さんに説明しているところでした。そして、お母さんが言いました。
「翔ちゃん、ピヨピヨは、何も悪くないでしょう。一緒に探しに行こう。そして、ピヨピヨにちゃんと謝るろうね」

そして三人が探しに行こうと、玄関の扉を開けると、ピヨピヨを抱いた卓君達家族三人が立っていました。

「ピヨピヨ…」
翔ちゃんは、卓君の腕の中のピヨピヨを抱きかかえました。

「ピヨピヨ…ごめんよ。ピヨピヨは何も悪くないのに、ピヨピヨのせいにして…早く起きて!僕、ちゃんと反省したよ。ねぇ、早く起きて僕を許してよピヨピヨ」

翔ちゃんがいくらピヨピヨを揺すっても、ピヨピヨは目を開けてはくれません。

「そうか!昨日の雨で風邪ひいちゃったんだね。大丈夫だよ、今病院に連れて行ってあげるから!」

「環八の近くの道路に倒れていました…車にひかれたみたいです…」
卓君のお父さんが、小さく囁きました。

「お父さん、早く救急車呼んでよ!」翔ちゃんは、大声で叫びました。
「翔ちゃん…もうピヨピヨは…」お父さんが静かに言いました。

「ピヨピヨ、ピヨピヨ、早く起きてよ。僕ちゃんと反省したから。ごめんね。もうピヨピヨのせいになんか絶対にしないから……そうかっ!新幹線の音を聴けば目が覚めるね。よしっ!行こう」
そう言って翔ちゃんは、ピヨピヨを抱いて、東原くすのき公園へと向かいました。

卓君も、卓君のお父さんもお母さんも、翔ちゃんのお父さんもお母さんも、その後を追いました。

翔ちゃんは、いつものベンチにピヨピヨを座らせました。
「ほら、この音分る?これは、滑らかで気品のある音だよ…ピヨピヨ…新幹線がきたね」

そして、卓君も、ピヨピヨの隣に座って言いました。
「ピヨピヨ、ほら今度は、重たい音だ…見て、横須賀線の電車もきたよ」

だけどやっぱり、ピヨピヨは目を開けてはくれません。翔ちゃんと卓君の瞳から、また更に大きな涙が零れ落ちました。

「ピヨピヨ…」翔ちゃんはピヨピヨに頬ずりをしながら泣きました。

そこへ、翔ちゃんと卓君の姿を見付けた子供達が集まってきました。そしてみんな一緒に、ピヨピヨを囲んで、新幹線と、横須賀線の電車を眺めました。

「翔ちゃん、ピヨピヨ、昨日はごめんよ」
卓君が謝りました。これを合図のように、他の子供達もちゃんと謝りました。

「うん…ピヨピヨも僕も、もう怒ってないよ」涙を手で拭いながら翔ちゃんは言いました。
「翔ちゃん、友達になろう」卓君も、涙を手で拭いながら言いました。

それを見ていた、ピヨピヨの魂は、夢が叶ったと大満足で、お空へと昇って行きました。

「翔ちゃん、本当にありがとう。僕はね、本当は生まれるはずのなかった命なんだよ。生まれる前に、食べられて死ぬ運命だったんだ。それを救ってくれたのは、翔ちゃんだよ。翔ちゃんのお陰で、僕は生まれる事が出来たんだ。そして、新幹線も見れたよ。楽しい事、いっぱいいっぱい経験出来たよ。本当にありがとう翔ちゃん。これからも、ずっとずっと翔ちゃんを見守っているからね」

そう叫びながら、ピヨピヨは、もっともっと高いところへと、消えて行きました。

ABOUTこの記事をかいた人

みー

北海道出身。進学の為上京。卒業後にボイストレーニング、ライブ活動を開始。大手レコード会社2社のオーディションに合格し、ライブ活動の他、楽曲製作にも力を注ぐ。 その後、アーティストとしての活動から作家としての活動へ移行し、有名アーティスト等の作詞コンペに参加。また、小説に興味を持ち執筆を始める。 作詞、作曲、打込み、Vo、全て自身でこなした作品をYouTubeにアップしてありますので、宜しければお聴き下さい。※ウェブサイトクリックで確認できます。