池上本門寺お会式ストーリー

※このお話は大田区タイムズ編集長福田の周辺のことを描写していますが、ストーリーはフィクションです。

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それは町全体に梅の香りが漂う、今とはまた別の季節のこと。

「ねぇ、池上で一番綺麗な景色って知ってる?」

「どこなの?」

「あのね、10月12日の夜、本門寺の石段を登りきったところから振り返ってみて。」
「きっと気に入るから。」

「うん。いつか、見に来るね。」

あなたと、そんな話をしたのは、まだ私が10代の頃、昔の記憶。

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お寺の行事は曜日と関係なく来る。
本門寺は、東急池上駅から10分ほど歩き、さらに96段の階段を登ったところにあり、地元の人から、親しみを込めて御山(おやま)と呼ばれている。

10月12日は池上の町が一番賑やかになる日。池上本門寺お会式(おえしき)・万灯練行列(まんどうねりぎょうれつ)。地元の連中は、夏が終わった頃からそわそわし始め、10月になると、その日を指折り数えるようになる。

日没の頃から、全国各地から集まった、およそ100の団体が、纏と鐘と太鼓と笛と万灯を構成し、一斉に池上本門寺へと参拝に向かう。1団体の参拝に数分かかることから、順番待ちの行列が町全体を埋める。電飾が施さた万灯と力強い纏、それに太鼓と笛の音が合わさり、とても幻想的だ。

私は池上生まれ・池上育ち。縁あって18歳の頃から行事に参加している。
纏は若い男性、万灯は男性、鐘は女性、太鼓と笛は男女混合と相場が決まっている。私は18の頃からずっと纏を担当している。纏は5-6人で1本を回し続ける。今年は遅れてくる仲間を含めて12人だから2本の纏を出す。万灯は五重塔を模した手持ちのもので、人が持つと高さが5mにもなる。

参拝の順番を待つ団体の行列が、町を埋めるタイミングを待って、私のいる団体も、地域の小さな小さなお寺から、御山(おやま)へ参拝に出発する。
参拝をして、この小さなお寺に戻ってくるまで、纏は止めないのが伝統だ。

「行くよ〜」

鐘の合図から始まって、ぴったりと合った太鼓の音が続く。先導の後を、纏、太鼓、鐘、笛、万灯の順に隊列を整える。

お寺を出て、右へ1ブロック、さらに右折して1ブロック進む。万灯行列のメインエリアから外れた閑散とした通りを、ゆっくりと、ゆっくりと歩く。
部屋にいた親子が窓を開けて手を振ってくる。良く見ると幼児は太鼓のリズムに合わせて飛び跳ねている。手を振り返しながら、さらに右折して2ブロック、賑やかな太鼓の音が、だんだんと近づいてくる。

静かな住宅街を通る

その先を左折して2ブロック進むと、行列との合流地点にぶつかる。この先には、既に、複数の団体の太鼓の音が交じり合った、独特の空気感が醸成されている。
合流地点で商店街の人が用意してくれているお酒を飲んで、少し勢いをつけていると、見慣れた顔が近づいてきた。

「おまたせ!」

今年のお会式は平日開催。仕事が終わって駆けつけてきた仲間が、すっと合流する。

「駅前までは下手なやつらに任せようと思ってたんだけどね!」

軽口を叩きながら、酒に手をつける。
万灯行列のルートは2つあり、私たちの通るルートは駅前を通る。2つのルートは新参道の始点で合流する。

「遅せーよ!まぁ駅前までと旧参道は頑張って振るから。」
普段声を張らない私でも、こうゆう時だけは、腹から声を出して、べらんめぇ調になる。

短い休憩が終わると、すぐに纏が再開された。
駅前と新参道に入ってからは、人が多いから、纏が上手い人に担当してもらった方が盛り上がることは良くわかっている。だから私は観光客の少ない場所で時間を稼ぐように纏を振る。役割分担なのだ。
そこから普通は新参道の始点に向かうのだが、地元の団体だけが旧参道を使い、新参道の中間点に出るルートを使うことができる。

池上駅前

未だ到着していない仲間を待っているかのように、万灯行列はなかなか進まなかった。夜7時にお寺を出たのに、新参道の中間点に来たのは夜9時半で、その頃ようやく纏の仲間が揃う。
人数に余裕があると、順番が回って来るまでの間、周囲を見るゆとりができてくる。

新参道

新参道に入ってからは、駅前よりも倍の早さで行列は進んでいく。それでも数分おきに10メートルずつ程度の、ゆっくりとしたペースだ。

正門前に差し掛かり、さらっと観光客の方に視線を流す。するとそこに、見覚えのある面影があったような気がした。
もう一度じっくりと見る。すると、見覚えのある面影が、笑顔で手を振ってるのを視認できた。

本門寺正門前

「おぉ、久しぶり!」

「えへへ。来ちゃった。」
「やっぱり池上好きだなーって。」

「おぉ。上まで行くのか?」

「仕事の合間に来たから、時間が無くて、もう戻らないといけないんだ。」
「じゃあね。いつか、見に来るね。」

「じゃあ」

纏に目線を戻したとき、以前交わした会話の一節が使われていたことに気がついて、私はもう一度振り向いた。
しかし、そこにはただ一方向に流れている人々が目に映るばかりで、知っている面影は見つけられなかった。

そこからは、石段を登りきったところも、参拝をしたことも、特に意識しては記憶していない。
池上で一番美しい景色のことも、その後の参拝のことも、いつでも思い出せるくらいの月日が経過している。

96段の石段(此経難持坂)

唯一記憶しているのは、参拝後に小さなお寺に戻る時、古民家カフェ前で、いくつか技をやったことくらい。
前日に店主が奉納をくれていたから、心意気で返したのだった。

これからも日々は続いていく。そして、10月12日、私は、また、お会式に参加する。

万灯のともしびが人をつなぐことがある。
変わりゆく様々な事象の中で、変わらないものを見せるために。

ー おしまい ー

ABOUTこの記事をかいた人

福田 文明

大田区タイムズ編集長・株式会社アイシテル代表取締役・Webディレクター。池上在住。大田区で地域活性化に取り組んでいる。代表的な取り組みは、池上本門寺通りフリーマーケット(大田区最大のフリマ。150ブース出店)・池上本門寺朝市(30店舗出店)など。