隣の君が恋をした

「実は、好きな人ができたみたいなんだよね。」

受話器の向こうから聞き慣れた低い声が、恥ずかしそうに言った。

「いつの間に出来たのよ。それって私の知っている人?」

いつものような茶化す口調で私は聞いた。
近くにある扇風機の音がいつもよりうるさく聞こえ、彼は少しの沈黙のあと、変わらない独特な低い声を柔らかくしながら話し始めた。

「知っている人だよ。びっくりするかも知れないけど、」

口に含んだ麦茶がやけに生温く感じる。

「美優さんだよ。」

美優さんといえば私たちより2つ上の先輩で、中学時代から孤立していた私を非難することなく気にかけてくれていた。誰からも好かれる明るい性格、女性らしく、さらさらのストレートヘアーが綺麗で世の男性はそりゃ放っとかないだろう存在だ。
正直、年下の彼は相手にされないと思ったが、変わらぬ口調で明るく答えた。

「そっかぁ。それは驚いたわ!美優さんかぁ。美優さんなら、うん、応援する!」

会話が続き、短い通話が夏の暑さのせいか長く感じた。
敬吾は、変わり者と呼ばれ、常に一人で過ごしていた私の隣になぜかいつもいた不思議な人だ。

そんな彼に、好きな人ができた。

この電話が、こんなにも切なく今まで知らなかった感情を引き起こす始まりの合図になった。

生まれ育った東京の片隅にある大田区の町工場があるところから、4両しかない電車に乗り数駅ほどで着く高校へ入学して間もなく、希望に溢れた女子たちを横目に凛は憂鬱な気持ちを隠せずにいた。
何も変わらない毎日の繰り返しで、同じクラスの中には、ある程度のグループが出来上がり、次はあそこの高校と合コンだ!どこの化粧品がいい、彼氏があぁだこうだ。となんでも楽しそうに笑う空間には馴染めなかったからだ。

最初は興味を持って声をかけてくる子が何人かいた。
甘ったるい声、誰がかっこいいとかいう興味のない話、化粧や趣味の合わないキラキラしたものに騒がしいほど反応を示す女子が、どうも理解できなかった。

「凛」という名前の通り私は冷たく普通の女の子とは感覚が違うらしい。

あっという間に孤立し、窓側の陽が当たる席でカーテンが風になびくのを、ぼんやり眺めていた方がよっぽど健全な気持ちでいられた。

隣の席にはメガネをかけた物静かな印象の敬吾がいた。
大人びて清潔そうな黒髪、一見冷たそうだが常に男女問わず笑顔を振りまくので女子からはもちろん、みんなから人気があるらしい。

誰にでも笑顔を振りまくなんて住む世界が違いすぎて、一生理解し合えないだろうと思った。

ぼんやりカーテンを眺めていると柔らかい低い声が聞こえた。

「蒼井さん、眩しくない?」

春の温かい日差しのせいか、自分が呼ばれているとは思わなかった。

「蒼井さん?蒼井凛さん」

隣で優しい笑顔の敬吾がこっちを向いていた。

「え?なに?」

「日差し眩しくない??」

「べ、別に。」

凛はとっさに答えてしまった。

変わらない低く優しい声が続く

「そっか。したら窓だけ閉めさせてもらうね。」

何事もなかったかの様に穏やかな口調で、緩やかに揺れるカーテンを止めた。

この人はいつもそうだ。大抵の人は怖いだの冷たいだの言われるのに、顔色ひとつ変えずにいつも穏やかに笑っている。
不思議な人だ。いつも笑っていて気持ち悪いスマイル君だ。

その日から敬吾の事を心の中でスマイル君と名付けていた。

スマイル君はその日から度々話しかけてくるようになり、その度にまともな返事は出来ずにいたが、穏やかな口調は変わらず自然と興味を唆られた。

小さい頃から、人に好かれようとすればするほど上手くいかなかった。
女の子らしいものに興味を持てず、子供らしく愛らしい反応が出来ない。
大切で嬉しい時ほど言葉はです、伝わらないもどかしさから言葉を飲み込むようになった。
私はいつからか「怖い」とか「冷たい」と言われ、いつの間にかいつもあり得ない噂話が出回っていた。
塞ぎ込んで一人でいることが楽になるのに時間はかからなかった。
環境が変わった高校ですら大田区の狭いこの街では噂話が飛び交うようになっていた。

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iroha

iroha #大田区出身#ギター弾いて歌う人#シンガーソングライター#メイク講師#フェイシャルエステティシャン#セルフケアアドバイザー#インディペンデントビジネススクール運営#スポーツサークルトランポリン部 部長

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